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国民の権利及び義務 第10条~第40条
第23条 学問の自由

【弁護士】 あなたは今、学校に行っていろいろな勉強をしていると思います。あなたが学校で勉強できているのは教育を受ける権利、すなわち学習権があるからなんですよ。

【生徒】 別に勉強をしたくてしているわけじゃないんですけど…。確かに学校は友達に会えるし、部活もできるから楽しいですけど、数学をやる権利があるとか言われてもホントは数学なんてやりたくありません。そんな権利いらないです。

【弁護士】 まあまあ。今日の話を聞けば、数学を勉強する権利があることが素晴らしいのだと気付いてもらえるはずです。学習権の話に入る前に、最初に憲法23条の学問の自由についてみてみましょう。

【生徒】 すごくシンプルな条文ですね。

【弁護士】 数ある人権規定の中で、一番シンプルかもしれませんね。でもその分、解釈が必要になるところもあります。
学問の自由の内容としては、学問研究の自由、研究発表の自由、及び教授の自由の3つがあると言われています。

【生徒】 この3つはそれぞれどういう意味なんですか?

【弁護士】 具体例を挙げて考えてみましょう。例えば、今後より発展が目指されている分野としてiPS細胞の研究があるのを知っているかな?

【生徒】 ノーベル賞受賞で話題になりましたよね。ヒトiPS細胞の活用で、人体のいろんなものを再生できるというものでしたっけ?

【弁護士】 そうです。もし、国が今後iPS細胞の研究を一切禁止したら、どうなると思いますか?

【生徒】 それは困ります。難病の患者さんにとったら、回復する方法の一つが途絶えることになります。

【弁護士】 もちろん、そういう点でも問題ですね。けれど、それだけじゃないですよ。科学者は研究をし、真理を発見することを使命としているし、科学者にとってその研究そのものができないということは、科学者の精神的自由を侵害することになりますよね。

【生徒】 ふむふむ。

【弁護士】 また、研究はいいけど発表することは禁止とされたら、研究そのものの意味がなくなってしまい、これも結局研究者の精神的自由を侵害していることになります。新聞記者に、考えてもいいけど、考えを発表するのは禁止というのと同じです。だから研究発表の自由も保障されるとしたんです。

【生徒】 なんだか憲法21条と似ていますね。

【弁護士】 いい点に気が付きましたね。憲法23条は、憲法19条の思想良心の自由や憲法21条の表現の自由の学問分野バージョンと考えればいいでしょう。本来なら、思想良心や表現の自由の中に学問の自由を含めてしまってもいいのですが、明治憲法時代に学問弾圧のような事件がいくつか起こった反省をこめて、現在の憲法では独立の規定にしたんです。

【生徒】 歴史を反映しているんですね。先生、では教授の自由とはなんですか?これは研究発表とは違うのでしょうか。

【弁護士】 自分の研究成果を発表することは可能だが、「iPS細胞は有用だ」と言いたくても、それを学生に教えることは許されないとしたら、同じように教授の精神的自由は侵害されないかな?

【生徒】 されると思います。

【弁護士】 特に社会科学の分野だと、一つの事柄をめぐっていくつもの学説が対立することがあるんです。憲法でもそういうことがあります。例えば、憲法9条について自衛隊は戦力にあたるから違憲だと思っている国立大学の教授に対して、あなたの憲法の授業では自衛隊は合憲だと教えないならば処分しますとなると、その教授の精神的自由は侵害されてしまう。だから、教授の自由も守られているのです。

【生徒】 なるほど、そういうことなんですね。でも、ちょっと、疑問があるんですが…。先生はさっきから研究者や大学教授の例ばかり挙げていますよね。憲法23条には、教授だとか研究者なんて書かれていないのですが、教授や研究者以外にも当然学問の自由は保障されているんですよね?

【弁護士】 それはとても鋭い質問ですね。
1963年(昭和38年)に出た最高裁判例、いわゆるポポロ事件ではこのような判断がされています。
要約すると、学問の自由は研究の自由と研究結果の発表の自由を含む。これはすべての国民に対してそれらの自由を保障するとともに、特に大学におけるそれらの自由を保障することを趣旨としたものである。教授の自由は学問の自由と密接な関係にはあるけど、学問の自由に含まれるものではない。しかし、大学については、教授の自由は保障される。

【生徒】 何が何だかわかりません。教授の自由は一体保障されるのかされないのか…。

【弁護士】 端的に言えば、大学については、上にあげた3つの自由がすべて保障されるけれど、国民には教授の自由までは保障されないということです。
このような判断になっている理由は、最高裁が、大学は学術の中心として深い真理探究を行う機関であるという大学の特性を重視したからなんですね。

【生徒】 じゃあ、中学や高校の先生には教授の自由はないってことですか?確かに大学教授に比べて研究しているというイメージは薄いですが…。

【弁護士】 中学校の先生に教授の自由―教育の自由とも言えますね―があるかどうかが争われた判例もあります。
この判例では、教師にもある意味においては、教授の自由が保障されるべきことを肯定できないではないが、完全な教授の自由を認めることは到底許されないと判断されました。

【生徒】 なぜ、そんなに煮え切らない判断なんですか?

【弁護士】 最高裁に対して煮え切らないなんて言ったものですね。これは、大学教育に比べて普通教育が特殊な部分があるからなのですよ。
かいつまんで言えば、確かに中学校の先生はそれぞれの生徒にあわせた教育内容を決定できる、生徒に知識を与えと能力を開発させるには特定の意見のみでなく様々な意見に触れるべきであることから、教授の自由は肯定できる部分があります。
他方で、小中学校の生徒とは、大人に比べ未発達な部分があるので、意見のいい悪いを判断できにくいところがあるし、教師が強い影響力を持ちがちです。加えて、公立学校になるとどの学校にいくか自主的に選べないし、国からみたら、全国一律の学習水準を確保してほしい。これらのことからすると、やはり中学校の先生が好き勝手教育内容を決めることはできないから、教授の自由は認められないということなんです。

【生徒】 未発達かはわかりませんけど、でも何となく言いたいことはわかりました。

【弁護士】 実はこの判例、いわゆる旭川学テ事件というのですが、この判例では学習権についても判断がされています。学習権は憲法26条の問題でもあるので、憲法23条の話が終わったら、またこの判例について説明しますね。

【生徒】 わかりました。その他に憲法23条についての話って何があるんですか?

【弁護士】 あとは、憲法23条では大学の自治についても保障されているとされています。

【生徒】 それはなんなのですか?そもそも憲法23条に大学の自治なんて言葉は全く書かれていないですけど…。

【弁護士】 大学の自治とは、先ほど説明した大学での研究の自由や発表の自由、教授の自由を十分なものにするための制度的保障というものなのです。

【生徒】 セイドテキホショウ?

【弁護士】 ある自由を保障するための手段として保障されるということです。研究の自由はそれ自体が大切で保障に値するものです。大学の自治とは、研究の自由といったものを保障するための手段であるということで、大学の自治が保障されるのは、研究の自由を保障する手段だからということです。あまり深く考えないでいいですよ。

【生徒】 それで、大学の自治とは具体的にどういうことなんですか?

【弁護士】 大学内の人事は大学の自治に委ねられるとい人事の自治と、大学の施設や学生の管理は大学の判断で行われるという施設・学生管理の自治が挙げられます。

【生徒】 大学生は、大学の施設と同じようなものなんですか?何だか違和感がありますが…。

【弁護士】 そう感じる人も多いでしょうね。昔から、大学自治の担い手は研究者であって、学生は管理の対象とされてきました。もっとも、近年では、学生を単なる管理の対象としてのみ扱うことは妥当ではないという議論もあります。

憲法23条についてはここら辺にしておきましょう。次に、憲法26条についてみていきましょう。

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